孤高の魚
「……でもね、それすらも何も覚えていないの。
だからきっと、体の方からわたしに、もう、お別れを言いたかったのかもしれないわ。
そうして、残ったのは……
曖昧な記憶と鮮烈な赤、それから、死に損ないのこの体だけだったのよ」
目は虚ろだが、彼女の言葉は相変わらず強かった。
まるで自分の言葉が煩わしい物であるかの様に、語尾を吐き捨てる。
………
そうして僕は想像した。
野中七海の透き通る様な白い肌に残る傷痕。
彼女を縛り付けていた物、痛み。
キリキリと音を立てるほど、それらは記憶を失いかけていた彼女に、恐ろしい罪の事実を知らしめたに違いない。