孤高の魚



「アユが働いていたバーと、よく通っていたお店。
それから……」


彼女はそこで少し、躊躇いを見せた。


「わたし達三人が暮らしていた……マンション」


………


……マンション。
歩太と一咲さんが愛を育むはずだった場所。
家族を作るはずだった場所。

歩太と野中七海が罪を犯し続けた場所。


……赤い海。


………


……一咲さんが、飛び降りた場所。


『チカリ、チカリ、チカリ』


あの日の、彼女の青白い顔が、ふと脳裏を過る。


………



「そっか。それで、今日は、どうする?」


それを誤魔化すように、僕はわざと声のトーンを上げてみる。


「そうね。今日は少し街を歩いて。
……それから、アユが働いていたバーへ、行ってみましょう。「ブルーバード」っていうお店なの」


彼女がそう言い終わるのとほぼ同時に、湯気の上がった食事が僕達のテーブルに運ばれて来た。



< 392 / 498 >

この作品をシェア

pagetop