孤高の魚
僕がそんな取り留めのない妄想に入り込んでいると、
「……あ」
と、突然、野中七海が声を上げて立ち止まった。
それから、一歩、二歩、慌てて足を早めると、大きな溜め息を吐いてまた止まる。
一瞬、歩太の姿を見付けてしまったのだろうかと、僕の勝手な妄想と重なって慌てる。
………
「……ないわ」
「え?」
「……なくなってる。わたし達が住んでいた、マンション」
力なく吐き出された彼女の言葉は、風に乗ってかろうじて僕の耳に届いてきた。
………
なくなってる?
マンションが?
いや、それは十分にあり得る事だ。
何せ、5年も経っているのだから。
「ここから、いつも、マンションが見えたの……あの、ビルと、木の、隙間から……」
彼女の声は、冷たい風にすぐにでも消え入りそうだった。