孤高の魚



「……いえ」


咄嗟に微笑みながら、野中七海の表情は明らかにひきつっていた。

一咲さんの自殺は、この辺りでは随分噂になっていたのかもしれない。

……本人達の痛みなど他所に。
世間というものは、多分、そういうものなのだろう。


「そうねえ、春くらいだったかしらねえ、突然、来てくれて。
スタミナ定食、注文してくれたんだけどねえ、ほとんど食べてなくて」


女性はわざと訝しげな表情で、
「変よねえ」
と言葉を続けた。


………


歩太はやはり、仙台に来ていたのだ。

かつて自分が暮らしていたマンションを訪ね、そして、この店にも。


盗むように見た野中七海の表情は、今にも崩れてしまいそうな緊張感で一杯だった。
喜びと悲しみと、少し怒りに近いようなものと、そのどれもを含んでいるような……そんな、顔。



< 415 / 498 >

この作品をシェア

pagetop