孤高の魚
………
……
夢の中で、僕は赤ん坊を抱いている。
見慣れたアパートのキッチンの、あのダイニングテーブルに座っている。
僕の両腕には、ずっしりとした重みがあった。
白いバスタオルにくるまれた赤ん坊は、小さな寝息を立ててよく眠っている。
「歩太」
僕は赤ん坊にそう呼び掛ける。
何の迷いもない。
赤ん坊は、歩太という名前を持っているのだ。
赤ん坊の歩太は、返事をする代わりに小鼻を微かに膨らませた。
眉毛も髪の毛も、まだ生え揃っていない。
頬には赤みがあり、ふっくらとして、とても柔らかそうだ。
キッチンの中は暖かく、適当な湿度があり、コーヒーの匂いが漂っていた。
シンクの前には誰か立っている。
水がステンレスを叩く音が聞こえる。
洗い物をしているようだ。
黒い髪。
真っ直ぐな背中。
白いニットのワンピース。
その後ろ姿は、おそらく野中七海だ。
「歩夢、コーヒーできたよ」
けれども、発せられた声は彼女のものではない。
その、少し鼻にかかる甘ったるい声は……
「尚子?」
けれども、振り返る彼女の顔は……ぼやけていてはっきりと見えない。