孤高の魚
………
僕は半ば眠りの中に居ながら、無意識に、腕の中で眠っているはずの野中七海を自分の胸に引き寄せていた。
けれども僕の腕に絡まるのは、文字通りもぬけの殻の、乾いたベッドカバーだけだった。
慌てて起き上がる。
寝惚けた頭を必死に働かせ、何度も激しく目を擦った。
野中七海の姿がない。
耳を澄ませてみても、目を凝らしてみても、全身の神経を集中させてみても、人の気配がしない。
僕はベッドの脇に目をやった。
そこにあったはずの、野中七海のボストンバックがない。
携帯を取り出す。
時計は、7時を少し過ぎた所だった。
野中七海が出て行った。
僕が眠っている間に。
このホテルから、この……僕の腕の中から。
急いでコートを羽織り、部屋を出る。
エレベーターでフロントに降りると、ぐるりと辺りを一周し外へ出た。
冷たい風が頬を刺す。
世界はまだ、朝を始めたばかりのようだった。