孤高の魚
旅立ち
………
……
「あははっ、見て、歩夢!
七花(ナナカ)が笑ったよ!」
キッチンに響く、尚子の軽快な声。
「えっ、笑った?」
僕は哺乳瓶を冷ましながら、尚子の側に駆け寄る。
「うん、なんとなくだけど、ふにゃって笑うよ。
あ、ミルク、ありがと。
歩夢、ミルク作るのも、慣れてきたね」
尚子に抱かれた赤ん坊は、母親譲りの大きな瞳をこちらに向けて、不思議そうな表情をして僕を見ている。
「ほら、七花。
歩夢おじちゃんがミルク作ってくれまちたよー」
「おじちゃんって何だよ」
「だって、おじちゃんだよねー」
尚子の腕に抱かれて、ゴクゴクゴク、と、美味しそうにミルクを飲む赤ん坊。
はち切れそうなほっぺが赤く、初々しい生命力が漲っている。
………
あれから、一年という月日が過ぎた。
いくつかの季節が巡り、尚子には元気な女の子が生まれた。
名前は『七花』。
野中七海から、一字を取ったらしい。
尚子は今、ここから程近いマンションに母親と三人で暮らしている。