孤高の魚
この部屋の持ち主が、去年の3月頃、ここを訪ねて来た。
歩太の母方の、遠い親戚にあたる人らしい。
歩太が不在である事は知らなかった様子だった。
40代くらいのその男性は、困った様に人の良さそうな苦笑いを作った。
もちろん、僕はまだこのアパートを引き払うつもりはなかった。
少なくともこの東京に居る間は、ここに住むつもりでいたのだ。
事情を話すと、先方は僕との再契約を快諾してくれた。
学生にとって、8万円の家賃は高い。
けれども、ここを離れる選択肢など僕にはなかった。
事情を知っている尚子や工藤さんが、有り難い事に時折金銭面で支援してくれている。
………
「でも、もったいないよね。
一部屋空いててさ。
あたしがここに、住みたいくらい」
「何回も言ってるだろ、駄目だよ。
尚子には尚子の、ちゃんとした家があるんだから」
「わかってるよ。
言ってみただけ」
尚子は七花の顔を幸せそうに覗き込みながら、ちょっと膨れ面をして見せる。