孤高の魚
「……そうですか。では、今日もホテルに?」
歩太は器用に片手で布巾を操りグラスを拭きながら、僕の側へと歩み寄って来る。
今日のカウンター席には、僕しか座っていない。
奥のボックス席では、柳橋さんが大声で女の子達と騒いでいる。
「……あーー、そうですね。
今日は浅草あたりのカプセルホテルまで、行くつもりなんです。
終電までには、出ないと、ですね」
僕は妙なバツの悪さにへへへっと笑い、生ビールを一口飲む。
……
「お荷物は?」
「あっ、駅の近くの、ロッカーに」
「そこの駅ですか? 近くの」
「あ、はい」
「なら……」
……
歩太はグラスを拭く手を止め、身を屈めて僕の顔に寄り、小さな声で言った。
囁くように。
目の前で開かれた歩太の唇は薄く、形がすごく綺麗で、思わずまた、見とれてしまう。
「今日は、僕の部屋へ来ませんか?
一緒に、飲みましょう、歩夢さん」
その唇から微笑みとともに、漏れるように落ちる、歩太の掠れた低い声。