孤高の魚
「……覚えているの、あの銀杏。アユも、とっても気に入ってた。二人で、よく眺めてたもの」
「……え?」
「キッチン。……シンクの上の小さな窓から、この銀杏が見えるの。知らなかった?」
野中七海のあどけない表情が、ふいに僕へと向けられる。
「……え? …じゃあ…あの……」
「そう、あなたが今住んでいる部屋ね、昔は、わたしの部屋だったのよ」
そう言ってまた、にっこりと笑う。
………
それから彼女は、スイスイとアパートまでの道程を進んだ。
彼女にとっては久しぶりの道程に違いないけれど、今朝から何度も往復したのかもしれなかった。
「ああ、ワクワクするわ……」
そう言ってまた頬を上気させている彼女の後を、僕も追う。