孤高の魚
「歩夢さんのこと、七海、『アユニ』って呼んでもいい?」
突然思い直したように、彼女は比較的明るい声でそう言った。
言いながら、手に持っていた手紙をまた元の場所に貼り付ける。
「……アユニ……?」
「そう、二番目のアユだから、アユニ」
二番目?
歩太の?
「いいでしょ?」
もちろん僕には、嫌だと言う理由はなかった。
黙って煙草をふかしていると、
「決まりね!」
と言って彼女は念を押してきた。
「これから、七海をよろしくお願いします。アユニ」
そう言って野中七海はわざとらしく僕に頭を下げると、テーブルの上の自分の荷物をヒョイと持ち上げて、キッチンを出て行こうとした。
その足取りはさっきよりは随分落ち着いてはいるものの、やっぱりどこか危なっかしい。
「……大丈夫?」
そう言って問う僕の声に、彼女は応えなかった。
小さな背中を、ほんの少し寂し気に揺らしただけだった。