母子受難
母は、恐ろしく幼稚な性格の持ち主だった。
母の実家はいわゆる土地成金で、中途半端なお嬢様であったから、母はただ我儘にだけ育てられた。
兄は、そんな母には昔から辟易していた。
「康子、お前はいっぱい勉強して、いい仕事に就くんだ。母さんを見てみろ。無知で、無学で、その上無能だ。あんな風になってしまっては、駄目だ」
高校生になった兄は、中学生の私によくそんな事を言った。
兄は全寮制の県内で一番の進学校に入り、週末に家に帰って来ても、ほとんどの時間を机に向かって過ごしていた。
その周りを母はいつも、「ヨシくん、ヨシくん」と羽虫の様に煩く飛び回った。
私はそんな母の様子を横目で一瞥しながら、兄の言葉を常に頭の中で反芻した。
『あんな風になってしまっては、駄目だ』
母にまとわりつかれた兄は、いつも上手な作り笑いを浮かべていた。
要領のいい兄は、露骨に母を追い払ったりはしない。
「母さん、悪いけど、ちょっと静かにしてくれないかな。僕、集中したいんだ」
兄がそう言ってにっこりと笑えば、母もまた、にんまりと笑った。