シュガー&スパイス

英司は息を切らせたまま「はぁ」と深呼吸をすると、固まっているあたしから、スッと手を離した。



「ごめん。 今通りかかって、菜帆を見かけたもんだから、つい」

「あ、ああ……そうなんだ」




……走って?

うんん、まさかね。



掴まれた腕が、なんだか痛い。


「あの、英司……この前、ごめんなさい。あたし……」

「いや。いいんだ。突然誘った俺が悪いんだから」



そう言って、また無言。


チラリと視線を上げると、行き交人々の向こうに千秋はいて。

あたしと目が合うと
口元をフッと緩めて、そしてそのまま背を向けてしまった。



……千秋?



「菜帆、聞いてる?」

「えっ あ、なに?」


し、しまった!
慌てて向き直ると、英司は持っていた携帯をポケットに入れた。
そして、曖昧に笑う。


「……いや、この後飯どーかと思って」

「え?」

「どう?」

「あの、あたし……」



どうしよう……。

この前の事もあるし、ちゃんと話ししておいた方がいいんだろうけど。

でも……。



うつむいていると、英司がクスッと笑った気配がして顔を上げた。



「ごめん。冗談。
なんか用事あったんだろ?」


え?



ポカンと口を開けたあたしを見て、英司はチラリと視線を上げた。
それは、さっきまで千秋がいた方向。



「急いでたみたいだから」




ドキン


英司、あたしが千秋見てたの気づいてる?


「またちゃんと話そう。勝手だってわかってるけど。その時は、俺の話し聞いてほしい」

「……うん」



コクリと頷いたあたしを見て、英司はまた小さく笑顔を作った。



「それじゃ、呼び止めてごめん。また」




そう言って去って行く彼の後ろ姿を見たまま
あたしはしばらくその場から、動き出せずにいた。



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