シュガー&スパイス
……。
返事をしかねていると、英司は傘と鞄を同じ手で持つと、空いた手でそっとあたしの背中を促した。
「俺腹減ったんだ。少し付き合ってくれ」
「え、でもいいんですか?会社に戻るんじゃ」
「そんな何時間もとるわけじゃないさ。ほら、時間ないから早く」
えっ
えええっ?
強引に連れられて、たどり着いた店。
それは……。
「菜帆はとりあえずビールでいい?」
「うん。って、いい!お酒やめる」
「遠慮するな。好きなくせに」
「うっ」
そりゃ好きですよ?
好きですけどー!
この場所にも落ち着かない。
だって、ここは。
いつもあたしと倫子で会社帰りにたびたび寄っていた、立ち飲み屋だったから。
ほんのちょっと、一杯ひっかけに、中年のサラリーマンが狭い店内に並ぶこのお店。
そこにいる英司は、なんだか異質なオーラを放ってるように感じる。
うう……落ち着かない~!
「はいよ、菜帆ちゃん。ビールね」
「ど、どぉも」
いつもの店主が、慣れた様子であたしにビールジョッキを手渡した。
その時に、チラリと視線をあげる。
「今日はえらい男前と一緒だなあ。なんだい、彼氏か?菜帆ちゃんもやるねえ」
「や、やだぁ違いますって。ハハハ」
おじちゃんやめてぇ。
何も突っ込まないで。
あたしがいちばん動揺してるんだから……。
同じようにビールを受け取った英司は、店主の言葉に否定もせずただニコニコ笑っている。
あたしはあたしで乾いた笑顔を張り付けて、引きつる頬をどうする事も出来ずにいた。
「それじゃ」
「あ、お疲れ様です」
「ん。お疲れ」
チン!
ふたつのジョッキが、涼しげな音を上げた。
この時間はとても混んでいて、隣同士肩がぶつかりそうだ。
なるべく触れないように……。
あたしは意識を集中させた。