シュガー&スパイス
チラリと腕時計を確認する。
針は8時を回ろうとしていた。
英司を見ると、2杯目のビールを飲み終わるところで、カウンターに肘をついてなんだかぼんやりしていた。
酔っぱらったのかな……。
お酒に強い英司が、ビール2杯で酔うとは思えなかった。
「英司、大丈夫?」
視点の定まらないような、そんな表情の英司をヒョイと覗き込む。
でも、思いのほか英司はすぐにあたしに視線を落とした。
そして、その切れ長の瞳をスッと細めて穏やかに微笑む。
ドキ……
狭い店内で、隣同士の肩が触れないようにするのに精いっぱい。
そんな中で目が合ったあたし達。久しぶりの至近距離に、心臓が跳ねた。
え、なんで笑うの?
キョトンとしてると、英司は3杯目のビールを口に運びながらクスクス笑う。
「いや。菜帆が俺の名前を呼ぶの、久しぶりに聞いたなって」
「え?」
あ、あたし……つい……。
て、それで笑ってたの?なんで?
「やっぱり嬉しいな」
「は?」
まるであたしの心の中の声に答えるように、英司はなおも楽しそうに肩を揺らす。
「菜帆に名前呼ばれるの、俺は嬉しいと思う」
「…………」
こ、これって、どう返せば……。
別に深い意味はないでしょ?
友達に、初めて下の名前で呼ばれたような感覚でしょ?
でも……でも、そう思う反面、落ち着かなくなる。
英司の視界に入るこの場から消えてなくなりたい。