シュガー&スパイス
顔を上げられなくなって、うつむいていると英司は持っていたジョッキを静かにカウンターに置いた。
そして、また傾ける。
賑わう店内。
忙しなく働く店主。
ストレス発散とばかりにお酒を酌み交わし、愚痴りあうサラリーマン。
そのどれもがいつもならうるさくて、でもどこか心地良いと感じる。
でも。
でも今は、それがあたしと英司の周りに見えない膜を張ったみたいだ。
騒音はくぐもって聞こえて、ただ、英司の動きだけがはっきりと聞き取れたんだ。
どれくらい、そんな息苦しいような時間が流れたんだろう。
10分?
うんん、もしかしたらたかが1分くらいだったかもしれない。
でも、あたしにとってそれは永遠とも感じる時間だった。
それから静かに英司は口を開いたんだ。
「菜帆は俺を責めないんだな」
「……え?」
顔を上げると、手元に視線を落とした英司が、チラリとあたしを見た。
口角をキュッと上げて、眉を下げた英司。
「いきなり別れてくれって言っても、俺を責めなかった」
「……」
蘇る記憶。
あの紅い月が、あたしの脳裏に鮮明に映し出された。