シュガー&スパイス
思ったより大粒の雨。
容赦のないそれは、痛いほどだった。
鞄を頭に乗せて、コツコツとヒールを弾かせる。
見えているいつものロータリー。
駅まであと少し。
あと、もうちょっと……。
でも。
あたしの足は、鉛をつけたみたいに重たくて。
必死にここまで引っ張って来たけど。
“いつもの”……ロータリーの前でとうとう止まってしまった。
何してんの……こんなところで止まったらダメだよ。
そう思ってはいても。
“その場所”から動き出せない。
まるでなにかに捕まってしまったみたい。
……。
……聞こえる
『菜帆、おはよう』
顔を上げると、行き交うたくさんの人の向こう側。
その中に見覚えのある姿を見つけた。
飴色のアンティークのベンチが彼の指定席。
手元の手帳から顔を上げて、切れ長の瞳であたしをとらえた彼が手帳をパタンと閉じて、スーツの胸元へそれをしまう。
目じりを下げて笑う。
薄い唇を持ち上げると、すぐにキレイな歯が見えた。
……英司……。
そうだ……
あたし、この時の英司がすごく好きだった……。
好きだったんだ……。
「……」
ずっと堪えていたものが、溢れそうになる。
頬を伝う。
涙?
あたし、泣いてるの?
うんん、これはきっと雨だわ……。
雨が、あたしの頬を濡らしてるんだ。