シュガー&スパイス
店内は、カラーリングの独自の香りと、シャンプーの香りであふれていた。
「いらっしゃいませ」
どこからともなく数人の声がする。
その中に千秋の声は聞こえなかった。
……まさかいないとか?
ここまで来て?
「少しこちらでお待ちください」
きょろきょろとしていたあたしの視界で、小柄の彼女がにっこりと微笑んだ。
「あ、はい」
そそくさと示されたソファへ腰を落とす。
それから、もう一度お店の中を見渡した。
レジの前にいるさっきの子以外に、30代くらいの男の人がひとり。
それから、スレンダーな女の人がひとりいるだけで、あとは鏡の前で本に視線を落としている女の人が1人いるだけだった。
「お待たせしましたぁ。こちらへどうぞぉ」
しばらくすると、人懐っこい笑顔を向けてさっきの子が声をかけてきた。
ずいぶん若く見えるけど……年下かな。
そんなことをふと思って、大きな鏡の前に促された。
どうも、あたしを担当してくれるのは、その女の子らしい。
「あ、私ナガシマと言います。突然声かけちゃってごめんなさい」
「え?」
キャスターチェアに座りながらそう言って、小柄な肩を竦めて見せた。
「もしかして、本当に髪切ろうなんて思ってませんでした?」
「ああ、いえ。 迷ってたんです。だから声かけてくれてよかった」
ハハハとそう言ったあたしに、心底ほっとしたようにナガシマさんは笑った。