シュガー&スパイス
「でも、確かあの子は“コウ君”って……」
「え?あー……違う違う、俺は篠宮千秋。 コウなんて名前じゃないよ」
「……へえ」
じゃあ、なぜ偽名を……。
思い返すように宙を仰ぎながら答えた彼に、それを聞く勇気はなかった。
「彼女もいませーん。 募集中でーす」
「あはは……」
じゃあ昨日の彼女は……。
そしてチャラい……。
にゃははと笑った彼に、苦笑いしか返せない。
そんなあたしとの距離を少し縮めると、彼は腰を落として視線を合わせてきた。
「仲岡さん、俺の彼女になってくれる?」
「は!?」
思わず飛び退いたあたしに、おかしそうに口の端をクイッと持ち上げて見せた。
「っはは。冗談っすよ、ジョーダン」
「…………」
またあたしとの距離をとりながら、楽しそうに肩を揺らす。
な、なんなの、この人!
「からかわないでくださいっ。
昨日の子を彼女にしてあげたらどうですか? それに篠宮さんみたいな人なら、何もしなくても女の子が寄ってくるでしょ」
そこまで一気に言うと、さっさと先を急ぐ。
もうアパートはすぐそこだった。
「あのー、仲岡さん?」
あっという間に追いついてきた彼は、そう言ってあたしを覗き込んだ。