シュガー&スパイス
足を止めずにそんな彼をチラリと見る。
「なんですか」
「俺の事は“千秋”って呼んでくれる?」
「え?」
アパートの階段に差し掛かったとこで、彼はそう切り出した。
なんであたしが……。
不思議に思って首を傾げたあたしを見て、彼は肩をすくめて見せた。
「苗字、気に入ってなくて」
「……」
真剣な表情の彼に、さっさと部屋に入りたいはずなのに、あたしの足は再び止まってしまった。
……なんか訳ありな感じ……。
まあ、別に、苗字だろうが名前だろうがどっちでもいいんだけど……。
とりあえず、
「……あ……」
「俺も、菜帆って呼ぶし」
「うん……」
って、
「…………えっ!?」
「そんじゃおやすみ、菜帆」
茫然と固まったままのあたしの頭に、ポンポンって彼の手が乗っかる。
軽やかな足取りで、彼は階段を上がると、さっさと自分の部屋に入ってしまった。
あたしをひとり残して……。
……えーと。
―ーーーなんで!!?