シュガー&スパイス


階段を下りたところで、ほうきを持って掃除をする管理人の恭子(キョウコ)さんに会った。
あたしが慌てて降りてきたのに気づいて、恭子さんは手を止めて顔を上げるとニコリと微笑んだ。




「あら、菜帆ちゃんおはよう。今日も寝坊?」

「おはようございます。 あはは、朝から騒がしくってスミマセン。 行ってきまーす」



恭子さんは、40歳くらいなんだけど、いつもきれい。
このアパートは恭子さんのおかげで手入れが行き渡っていて。

英国風の緑の木造の建物に、紫のロベリアの花がすっごく素敵。




だから、見てすぐにここって決めたってわけ。

結婚したらここも出ていかなくちゃいけないんだ。
ちょっぴりさみしいな。


あたしはなんとなくそんな事を考えながら、恭子さんに手を振って駅までの道を急いだ。




朝日を浴びて、コツコツとヒールを鳴らして歩く。
いつもは憂鬱な朝の光景も、なぜか今日は特別に見えた。


それって、きっと昨日のプロポーズのせいだ。


……なんてゆーか。
まるで、空気中にダイヤモンドの粒子が混じっていて。
太陽の光を浴びて、それがストロボみたいに輝いている感じ。


左手に光る真新しいダイヤの指輪に視線を落として、あたしの頬は自然と緩んでしまった。





「……夢じゃ、ない」


喉のあたりがくすぐったくて。
なんだか大声で、誰かに報告したい気分だ。
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