歩み
固まっている俺を見て異変に気付いたのか、富田は俺の方に近づいてきた。
富田は無惨に転がっている子機を怪しく思ったのか、それを拾い上げて、向こう側の声に集中をする。
「…もしもし?…あ、先生ですか?どうかされたのですか?無事に着いたようで安心しましたよ」
富田が向こう側の相手を《先生》と呼ぶ。
そう、電話の相手は親父だった。
あの低い声が今も耳に残っている。
消したいよ、消してよ。
怖い、怖いよ。
どこかで見張られている感じがする。
「歩さんは元気ですよ。心配なさらないでください。僕にお任せを」
富田の言葉で何となく会話の内容が読めてくる。返事をする富田の表情が、とても寂しそうだった。
辛そうな、なにか我慢しているような。
改めて富田に無理をさせているのだと気付く。
「歩さん、先生がお話したいようですよ」
富田はこう言って、俺に子機を渡してきた。
今さらなにを話すの?
話すことなんかないだろ。
また、あなたを嫌いになるだけですよ。