昨日…今日…明日……
昨日…今日…明日……
 僕たちふたりは

 いつもすれ違いのまま。

 ふたりは愛し合ってた

 ううん

 今でも愛し合ってるはずなのに……




 昼下がりの街で、偶然彼女と再会した。
 肩までのサラサラの髪と、溌剌とした雰囲気はあの頃のままで。

 彼女の名前は、青木里沙
あおき りさ
。僕、設楽祐一
したら ゆういち
が学生時代ずっと、いや今も心の中で思っている人だ。
「あれ〜? 久しぶり〜 元気だった?」
 そう言って彼女は、僕の大好きな『日だまりのような笑顔』を浮かべる。その笑顔を見るだけで……僕の想いは一気に溢れ出しそうになる。
「……うん、里沙も元気だったか?」
 上ずった声で何とかそう答えると、里沙が小さく吹き出した。
「何? 緊張してんの? 相変わらずねぇ」
「何だよ……」
 からかわれてムッとする僕の顔を、下から覗き込むような仕草をする里沙。いつも彼女には勝てなかったことを思い出し、僕は苦笑いを浮かべた。
 少し話がしたいという里沙の申し出に、少しでも一緒にいたい気持ちで一杯だった僕は一も二もなく同意し、近くのカフェに入って向かい合わせに席を取った。
 注文を取りにきたスタッフに、里沙は「ブレンドで」と告げる。コーヒー好きの彼女にしては素っ気ない注文に、僕が意外そうな顔をしていたら、
「何かさ、最近色々考えるのが面倒になっちゃって……」
 彼女はそう言って、困ったように笑ったんだ。
 それから僕たちは、お互いの近況を交換し合い、元気で再会出来たことを喜び合った。何気ない会話の中にも趣味や考え方の共通点が多いことを再認識して、僕は密かに悦に入っていた。それに……里沙のくるくると良く動く大きな瞳が魅力的で、僕は彼女の瞳から視線を外せずにいた。
「それ、止めなよって言ったよね?」
 里沙のその一言で、僕は視線を泳がせる。僕が会話の時に相手の顔をじっと見るクセを、最初に指摘したのが里沙だった。思わせぶりだしいろんな誤解を招くからと、怒ったような顔でいつも言ってたっけ。でも今日は違うんだ。君に見蕩れていただけなんだ……
 僕が片手で小さく謝罪の意思を示すと、里沙は微笑んでうんうん、と小さく頷いた。再び自分の近況を語り始めた彼女の話に耳を傾ける。仕事のこと、友達のこと、最近気にしてること……いつも話題が豊富で話が尽きない彼女との時間はとても楽しいものだったが、僕が訊きたいことは、そこにはなかった。
「里沙、お前さ……」
 何?と表情で問いかける里沙に訊きにくいけど訊きたいことをぶつけた。
「お前さ、結婚してるの?」
 唐突なその質問に里沙は驚いた顔をしたけど、真顔でその質問に答えた。
「してるよ」
 突きつけられた現実に、それでも信じられない気持ちが渦巻くけれど、そもそも僕にはそれをとやかく言う資格はないんだ。この現実を作る一端は、僕の気持ちの弱さにあったのだから。
 当時里沙は、クラシフィカドール(ブラジル政府認定のコーヒー技能鑑定士)の資格を取りたいと考えていた。里沙の情熱をちゃんと理解出来なかった僕は、そのために何年も離れてしまうことが理解できず、いつも言い争いをしていた。諍いごとのキライな里沙が口を噤むことで、言い争いは収まるのだが、大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて、里沙が本当に悲しそうな顔をするのを見るのが耐えられなかった。そして二人の心は徐々に離れていき、社会人となって生活のリズムも合わなくなり、連絡も途絶えがちになってしまった。そのうちお互いの消息も正確につかめなくなる程、僕らは決定的にすれ違うことになってしまった。
 そうして里沙は、僕とは違う愛する人を見つけ、その人との幸せな生活を営んでいるはずだ。そのことに里沙に何の非もあろうはずがない。里沙の左手の薬指に指輪がなかったことに、内心ホッとした僕はズルい。しかしそれも、彼女の一言で完全に打ち砕かれ、落胆の思いを胸に彼女の顔を見つめる。
「祐一は? 結婚してるの?」
「してる」
 ぶっきらぼうに答えるのが、精一杯の強がりだった。かつて愛した人を前に、今の結婚生活を語るのには無理があった。里沙への想いを胸の内に閉じ込めたまま、新しい愛を見つけようとした生活が上手くいくはずがなかったから。
「祐一は今、幸せ?」
 そう訊いてくる里沙に「幸せだ」と答えたら、彼女はまたふわり、と笑うのだろうか。でも、答えられなかった、いや答えたくなかったんだ。ぼくは首を横に振った。
「いや、ダメだ。俺には、俺の中には里沙が……」
「ズルいよ!」
 僕の言葉を遮り、詰るような口調で里沙が言う。
「ズルいよ……祐一」
 里沙の顔が苦しげに変わる。何かに耐えるような、そして何かを諦めたような……
「あれからずっと考えてたの」
 何かをふっ切ったかのように 里沙が話し始める。
「やっぱり、私、祐一のことが好き。本当に愛してた。でもね、素直になれなかったの。自分の夢に目が行き過ぎて」
 黙って見つめる僕に、語り続ける里沙。
「私が思うほど、祐一は私を愛してくれてないと思っちゃって、祐一の重荷になりたくないからって思い詰めちゃって……本当は離れたくなんかなかったのにね」
 そう言って里沙は、フッと小さく笑ったんだ。

 今さら君の胸の内を知るなんて。僕は過去を取り戻したい衝動に駆られる。僕がもう少し広い心を持っていれば……僕らはすれ違わずにすんだのかもしれないね。
 僕は里沙を大きく傷つけてしまった。僕自身も傷ついてしまった。その傷跡は、一生癒えることはないだろう。消したくても消えない想いを抱えながら、僕らは違う未来を見据えないといけないんだ。でも君を忘れられたら、君のすべてを僕の中から消すことが出来たら、どんなに楽になることか。

 駅までの帰り道、昔のように手を繋いで歩こうといったら、里沙は受け入れてくれた。昔と同じ小さくて柔らかい、けど冷たい手。キュッと握れば里沙も握り返してくれる。その小さな幸せがいつまでも続くような気がして、そして里沙もその思いを共有してくれてる気がして、彼女に気持ちをぶつけてみる。
「愛してる」
 里沙はピクリと反応したけど、答えは返ってこなかった。それが現実に目を瞑ってはいけないという、彼女の回答なのかもしれなかった。
 改札口の向こうで、里沙は『日だまりのような笑顔』を浮かべている。そして僕の手を取り、
「また会えるよね? バイバイ」
 と言って踵を返すと、後は振り返らず階段を上っていった。その後姿に声をかけることは、彼女の意思に悖らないような気がしたので出来なかった。



 そして二人のすれ違いの恋は……終わった。
 
 
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