泣いていたのは、僕だった。
「そう言えば翔一は?」
家の中から物音がしない。
「仕事行きましたよ。隆と一緒に」
仕事………。
僕はその言葉に飛び起きる。
その衝撃で身体に走る激痛。
「――ッ」
「何をやっているんですか!?アナタはまだ動ける状態じゃないんですよ!!」
慌てて僕を制する手を、力一杯振り払う。
僕は行かなきゃならない。
「待ってください!話は翔一から聞きました。相手は元同業者でかなりのやり手だと。」
「…………」
「気持ちは分かりますが、あの二人だって今まで仕事してきたんです。そんなに弱くない。それに翔一だってもう油断しないと――」
「――違う!!」
声を荒げてしまった僕に、創くんは目を丸くした。
「違うってどういう意味ですか?」
「……確かに翔一は強い。やろうと思えば乃南さんを殺せるだろうね。けど、それじゃダメなんだ。」
「どうして?」
「翔一は今まで仕事をしてきて、人を殺したことはない。」
「え………」
どうしても命を絶たなければならない時は、いつも僕が手を汚してきた。
「翔一が殺すのはこの世でただ一人、僕だけだよ。」
「…真司、アナタは……翔一が大切なんですね。」
「――さぁ?大切だとか、僕には分からないから。」
創くんは呆れたように肩を落とした。
「止めても無駄ですよね?」
「よく分かってるね。」
僕は微笑んで、傍らに掛けてあったジャケットを羽織る。
左肩が痛んだけれど、気にしていられない。
「言っておきますけど、アナタ重傷患者ですからね。今起きてるのが奇跡なんですから。どうなっても知りませんよ?」
「ぶっ倒れたら手当て頼むよ。」
「高くつきますからね。……ご飯作って待ってますよ。」
僕は返事の代わりに片手をあげて、部屋を出る。
腹部の血が滲み出るのを感じた。
頭がクラクラする。
長くは保ちそうにないな。
「………弱くなったものだね、僕も。」
何かのために、こんなに必死になる日が来るなんて思わなかった。
だけど僕にはまだ、この感情が何なのか分からないんだ。