叶多とあたし


「俺らは今年の夏、最後のっ!甲子園を賭けた試合だったんだ!!」



短髪男が急に声を荒げたせいで肩がびくりとはねる。



「…お兄ちゃんは野球部じゃないでしょ…?甲子園に何の関係あんの?」



恐る恐る尋ねると、短髪男が自嘲気味に顔を歪めて答えた。



「そうだよ?でも、甲子園を賭けた決勝前に部員が怪我をしてね。その部員、ベンチだったんだけど…一応ヘルプを頼むことにしたんだ。それが…叶多だよ」





そういえば。
今年の夏はお兄ちゃん、家にあんまり居なかったな。



ふと思い出す。





「何…それで?ベンチのお兄ちゃんのせいで負けたとか言うの?」




あえてベンチを強調して言った。




お兄ちゃんが試合に出ていないことには確信がある。

確か、お母さんが今年の甲子園前の試合を見に行ったって言ってた。

お母さんの友達の子供が甲子園を賭けた試合をするとかで…それで、その相手校がお兄ちゃんの学校で。

その試合、お母さんの友達の子供が勝ったって言ってた。




嬉しいけどなんか…複雑ね…。



ってお母さん言ってた。




「そうだよ。ベンチの叶多のせいで負けたんだ」



短髪男もベンチを強調して言う。




は…?





「…田河って知ってる…?」




聞き覚えのある名前に顔をしかめた。



誰だっけ…?

クラスメート…?いや、そんな奴いないか。

叶多の友達…?いや、名前知らないし。



もっと…あたしにも関係ある人だったような…


お母さんの旧姓は…曽賀だし…。


お母さん…




「あ…」



あたしは思わず声を漏らした。



思い出した。




「田河益宏…」




叶多の学校に勝って甲子園に行ったっていうお母さんの友達の子供の名前。

昔、遊んでもらったことがあった。


あたしはなんか少し…好きになれなかったけど。





短髪男は薄く笑う。


その瞬間、背中はぞくりとした。




「やっぱり。知ってるんだね。俺らが負けた試合の相手校のキャプテンだよ」





「うん…」




知ってると言わんばかりに小さく呟いた。





「……決勝戦。俺らの作戦は完璧だった。3年間俺らが積み上げてきたものをすべて注ぎ込んだような作戦だった。実力は俺らの方がどう考えても上。勝てるはずだったんだ。でもー」




短髪男は拳を自分の太ももに打ち付けて頭を垂れた。

本当に悔しそうに。




「なぜか、最初から俺らの作戦は全部読まれてたんだっ!」




短髪男の悔しさの滲んだ声に唾を飲む。

あたしにこんなことをしているこの男の人間らしい感情を不思議に思った。


< 46 / 67 >

この作品をシェア

pagetop