あの子の隣に座るコツ!
ユウ先輩の背中ごしに見えたのは、美しい黒髪のシルエット。



先輩の陰に隠れてよく見えないけど、そのヒントだけで十分だ。紛れもない。間違いようもない。



2-C“クラス首席”の、
東條さゆみさんだった。



「おう、東條だったかな?悪いがもう店じまいだよ。永野なら今日は来てない」



慣れた様子で対応するユウ先輩は、ちょっとかっこ良かった。先に教室を出たのが俺だったら、不意打ちの出来事になす術なく固まってしまうだろう。



「……」



この3点リーダはもちろん東條さんのものである。ユウ先輩の足下辺りをじっと見つめ、黙りこくっているようだ。



「ん、どうした?」



ユウ先輩の問いかけにも、答えにくそうに無言を貫く東條さん。相当の人見知りだな、この子。ユウキちゃんを足して2で割ってやりたいよ。



「あのー、東條さん?」



俺がユウ先輩の後ろから声をかけると、東條さんはユウ先輩の陰からひょこっとこっちに顔を出した。



顔立ちは和製のお人形みたいに整っているのだが、動きが案外コミカルで可愛らしい。



「委員会のことだったら啓一に伝えておこうか?」



あまり刺激しないように…まぁ相手は野生のウサギでも何でもない、ただの人間なんだが。とにかく警戒されないようになるべく無害な男子生徒を演じて、なるべくにこやかに尋ねた。



ところが俺は、東條さんのあまり移り変わりの多くない表情から、わずかな困惑のシグナルを感知したのだ。



まずい、なにか失敗したかな。



すぐにまたうつ向いてしまった東條さんを前に、俺は東條さんの無口が感染したかのように言葉が出てこなかった。



ユウ先輩も黙っている。ただ、この人は多分わざとだ。意味深な笑みを顔に貼り付けてさ。面白がってるんじゃないか?



「…今日は」



無言の空間を破ったのは、なんと東條さんだった。



「今日は…永野くんじゃない」



ややもすれば聞き逃しそうなボリュームで、東條さんが呟くように言った。



「…今日は、日比野くん」



初めて名前を呼ばれて、俺の胸がぎゅうっと締め付けられた。



「お、俺?」



コクンとうなずく東條さん。



「…あァ、じゃ、俺はこれで。日比野ぉ、戸締りよろしくな」


事態を大体把握したらしいユウ先輩は、俺に一言声をかけたかと思うと、さっと東條さんの横を抜けて廊下の奥へ消えていった。
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