あの子の隣に座るコツ!
「全然、その、大したことしてないよ」



俺も目のやり場に困って、キョロキョロと目を泳がせる。



「放課後呼ばれてたみたいだけど、行った?」



動揺を隠すように尋ねると、東條さんはコクンとうなずいた。



「何もされなかった?」



今度の東條さんは黙って目を伏せた。
石川のヤロウ。
教師の風上にも置けないな。



「明日も来いって?」



「…次は明後日」



「その呼び出しに“行かない”ってのは無理なの?」



あまり深刻にならないように、ちょっと明るめに尋ねた。“イヤならサボっちゃえよ”みたいな含みを持たせて。



「…最初に質問しにいったのは私」



「だからって、されるがままになってるのは良くないよ。向こうも図に乗るし」



「……」



また口をつぐむ東條さん。まァ、仕方ないか。真面目だし普段から無口だから、石川のヤツも“この子は抵抗しない”って踏んでいるのだろう。



「……」



「あ、いや、東條さんは悪くない。うん、全く悪くない。石川先生が悪いよ、100%」



うつむいたまま固まってしまった東條さんを見て、俺は焦った。彼女が責められるいわれなんて毛ほどもない。



「ごめん、なんか」



俺が謝ると、東條さんはぱっと顔を上げてブンブンと首を振った。声は小さいけど、仕草はアクティブなんだよな、この子。



『下校時刻30分前です。まだ校内にいる生徒は、速やかに下校してください。繰り返します、下校時刻30分前です…』



オレンジの光が廊下を美しく染め上げる。午後6時を回って、“蛍の光”をバックミュージックに校内放送が流れだした。



「…下校時刻だな。もう帰ろうか」



気まずい空気をかき消すにはナイスタイミングと言っていい。校内放送に助けられて何とか俺はこれからさらに広がったかもしれない無言の空間を回避した。



東條さんはコクリとうなずいて、歩き出した俺の後ろを小走りでトコトコとついてくる。
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