あの子の隣に座るコツ!
「だから、この段落はここで区切って訳すと…」



セクハラをすることなく黙々と説明を続ける石川と、やや怯えながらも熱心に説明を聞く東條さん。



そして熱心に説明を聞くフリをしながら、1ミクロンも意味が分かっていない俺。



仕方ないだろう。分かってたらあんな席に座っちゃいないよ。俺は1500人いる2年生の中で、学力で言えばおよそ下から数えて30人のあたりにいる、凄まじい“バカ”なんだ。



「ここの構文はどうなっているか分かるかね?」



「…普通の文章で書かれているけど、文脈から仮定法過去で訳します」



「そうだねェ、その通り」



まるで宇宙語だな。今の質問が難しいかどうかも分からない。



「宿題はほぼ満点だねェ…日比野くんも見習いなさい」



「おっしゃる通りです」



石川は東條さんに英語を教えながらも、俺のことをチラチラと気にかける。イヤ、警戒していると言った方が正しいかな。



この間生徒指導の逢坂に流してもらった噂が効いているのかな?



逢坂が俺の言う通りに動いてくれたとすれば、“2-Cの日比野大吾が石川先生の秘密を握っている”と言うような噂が石川の耳にも入っているはずだ。



今この時間に、俺をぞんざいに扱わず、追い出しもせず、一応いち生徒として接してくれているのは、そんな背景があるのかもしれないな。



この前の絡みで俺が石川のヅラ疑惑を事実として知っていることは、石川自身も自覚しているはず。



そんな状態で、俺をないがしろにすることなど、結構な自殺行為だもんな。



ただし、コイツもそこまでバカじゃない。俺をそこまで優遇する必要がないってことは分かっているらしく。



だってそうだろ?石川が俺に不当な行為を行ったとして、そうしたら俺が石川の秘密をばらすことになるよな。



そうしたら、どうだ。石川も困るには困るが、もっと困るのは手持ちの武器を失った俺だ。



俺が不用意には秘密をばらせないと言うことは、状況からして明白だと言える。



まァ、簡単に言やぁ冷戦みたいなもんだな。しょうもない対立背景ではあるけれど。
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