あの子の隣に座るコツ!
何やら小声で内線電話に向かって事務連絡をしているらしい鳥井先生の後ろ姿を眺めながら乾いたガーゼの上からアゴをさすると、どうやら本当に血は止まったようだ。



さっき2-C教室で手につけた血も粉のように乾ききって、ぱらぱらと床に落ちる。



東條さんやアリサや啓一も、驚いたかな?いや、東條さんはともかく、啓一とアリサは絶対心配してないだろうな。



啓一は今日の麻雀部で俺の失態を面白おかしく部員のみんなに言って聞かせるだろうし、アリサに至っては俺が死ぬことを心底望んでるヤツだからな。もろ手を挙げて喜んでいるだろうよ。



さて、もうHRも終わる頃だ。そろそろおいとまさせてもらおうかな。



「分かりました。じゃあ、そういうことで…あれ、もう帰るの?」



内線電話を切ってこちらを振り返った鳥井先生が、こっそり扉から出ようとしている俺を呼び止めた。



「あ、はい。お世話になりました」



「もっとゆっくりしてけば良いのに。お茶くらいだすわよ」

「気持ちだけ頂いときます」



俺がそう言うと、鳥井先生は年甲斐もなく─もとい、不服そうにぷうっと頬を膨らませた。



「そんなに警戒しなくてもいいじゃないのよ!」

「わっ…」


急に大きな声を出されて、少し気圧(ケオ)された。なんだこの人?寂しがり屋なのかな。



「警戒してるわけじゃなくて…」

「じゃあなんでそんなさっさと帰ろうとするのよ。せめて別の子が来るまでここに居てよ。つまんないじゃない」



あ。やっぱり。寂しがり屋だこのヒト。



「そんな子供みたいなこと言われましても」


「授業サボるのも青春の1ページじゃない!あたしが一言言えば公欠になるのよ?」



「いやいやいや!それ絶対先生の言うセリフと違いますよね!?」


「違うから何よ!あたしは生徒に好かれる美人の先生でいられればいいのよ!」


鳥井先生のパワー溢れる言動に、反論する力さえ奪われる。正々堂々とし過ぎて逆に突っ込めない。



「…とにかく帰ります」

「ダメよ。絶対安静」



「嘘でしょ!血ィ止まってるし!」

「アゴは、ほら。あれよ!急所だから!今大丈夫でもそのうち危なくなる感じよ!多分!」

「自信満々に“多分”って付け足されても!」
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