ヤサオトコ
房江は、市役所から急いで自宅に帰って来た。
(これで、婚姻届にサインと捺印をしてもらえば、二人は晴れてめおとや。ウッシッシッシ。笑いが止まらんな)
房江の笑みが止まらない。
「あんた!」
「あんた!どこにおるんや」
房江が婚姻届を手にひらひらと持って、家中、栗崎を探し廻っている。
が、栗崎はどこにもいない。
「いったいどこへ行ったんや」
笑みが止まらなかった房江の顔が、みるみる険しくなり、蒼ざめて行った。
「もしや・・・」
房江の不吉な予感が中り、その日以後、栗崎は自宅に帰って来る事はなかった。
「なんでやーー。うわ~ん。うわ~ん」
房江は悲しくて、悲しくて、声を出して激しく泣きじゃくった。
厚い化粧が、涙と、鼻水で、崩れに崩れ、どす黒い土砂崩れのようになっていた。
いつまでも、いつまでも、房江は酷い顔で泣き続けていた。