ヤサオトコ
7話 奈落の底
 

 絢奈が会社に出勤するや否や、栗崎はある行動を実行に移す事にした。
 カバンの中に最低の必需品を詰め込む。


 「また、いつもの癖か」


 黒いカバンを見詰めながら、溜息混じりに栗崎が呟いた。
 洗濯機の前に、洗い終わった洗濯物が籠に入れて置いてある。


 昨日までの栗崎は、それをベランダの物干し竿に手早く干した。が、今日は違う。
 栗崎が、それにちらっと目をやった。


 「あばよ」


 これで、主婦業から解放される。
 別に、主婦業が嫌いではなかった。
 ただ、栗崎は主婦に甘んじている自分が許せなかっただけ。


 栗崎が洗濯物に小さく敬礼をした。
 部屋の中に、ざっと視線を這わせると、栗崎が絢奈のマンションを出た。
 目的地は、別に無い。ただ、ここを出たかっただけ。



 絢奈は、栗崎が出て行った事を知って呆然としていた。
 栗崎が、もうこのマンションには帰って来ない予感が、絢奈をがんじがらめに苦しめた。


 絢奈はコンビニで買ったまずい弁当を頬張るたびに、栗崎の作った料理の味を思い出し、ぽろぽろと涙を零した。


 「なぜ?」



 「何故なの」



 その答えは、絢奈には永遠にわからなかった。











 
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