ヤサオトコ
便を出しても、痛みが治まらず、栗崎は便器から立ち上がる事が出来なかった。
暫くの間、栗崎は便器に蹲っていた。
「大丈夫?」
郁が、トイレのドアの前で心配そうな顔付きで栗崎に尋ねた。
今の時間。ビルの中には、二人以外には誰もいない。
トイレの電気は消したまま。電気を付けると、外から、中に誰かいるかが、分かるかもしれない。用心の為にも、用心。
郁は、暗闇の男子トイレの中で行ったり来たりしていた。
「大丈夫。・・・じゃない」
か細い声が、トイレの中から聞こえた。
「さっきの弁当が中ったのかな。ごめんね。同じ物を食べたのになあ。私は、この通り大丈夫。日頃、残飯を食べてお腹を鍛えているからかな」
「私が大丈夫と言う事は・・・。恐らく、食中りか。ウイルス性なら、私もダウンするだろうから・・・」
ドアの前で、郁がぶつぶつと独り言を言っている。