すずらんとナイフ
半年前の《ゲイシャ》事件のすぐ後。
すずはさりげない風を装って理香に
『Y,OHSAWA』のことを尋ねた。
『ああ…大沢勇希くんね。確か29歳だったかな?独身よ。
私の席の斜め後ろだから、よく話すわよ。仕事は媚びずにマイペースで進めるタイプね。帰国子女だから、すごく大らかな子よ』
帰国子女で独身、ときいたすずが、
『大沢さん、彼女いるのかなあ?』
と訊くと、理香は『さあ…?』と首を傾げただけで素っ気ない。
すずは勝負に出た。
『理香さん!
お願いがあるんですけど』
『何?』
『私のアドレス、大沢さんに渡してくれませんか?もし、良かったら、メール下さいって。
駄目だったらすぐに諦めます。お願いします!すごく好みなの!』
すずは両手を合わせて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、お願いのポーズをした。
『ええ〜…』
理香は気乗りしない様子だった。
『これ、渡して下さい!』
すずは、自分の手作り名刺を理香の手のひらに押し付けた。