すずらんとナイフ
「…すず、すず。どうかしたの?」
勇希の声にすずは我に返る。
「え?ううん…なんでもないよ」
そういいながら、掛け布団を引き上げた。
「そっか。早速俺の風邪が移ったのかと思ったよ」
カーテンを締め切った薄暗い部屋のなかで、勇希は笑う。
勇希は寝ているんだと、すずは思っていた。
勇希の腕の中ですずは、昨日の史歩との出来事を思い出していた。
『すず、今日、あの居酒屋行こうよ』
仕事を終え、ロッカールームで着替えていると史歩が誘ってきた。
『行かない。早く帰りたいんだ』
ブラウスのボタンを留めながら、すずは素っ気なく言った。
史歩は、不満そうに言った。
『すずは彼氏いるからいいよー。
私なんて淋しいもんなんだから。
せっかくの金曜の夜じゃん!
ちょっとでいいから、付き合ってよ』
「……」
あれから、渡辺はラウンジにほとんど顔を出さなくなり、最近はシフト作りも理香に任せるようになった。
『あいつ、何考えてんの。私だって他にやることたくさんあるんだけど!』
理香は怒っていた。
渡辺は、弱味を握った自分を避けている
…
すずはそう思った。
特別な感情はないけれど、一つ歳下の渡辺には同級生みたいな親しみを持っていたから、悲しかった。
ーー史歩が誘惑したに決まってる。渡辺さんが自分からいくわけない。しかも史歩なんかと……
すずは史歩に不信感を募らせていた。
苛立っていた。
気がつくと言っていた。