すずらんとナイフ
本社もラウンジも9時から始業だけれど、すずはいつも8時には会社に到着する。
少しタイミングが遅れると、本社勤務の女子社員が一斉に出社してきて、ロッカールームは大混雑になってしまう。
人の事を気にしながら、支度をするのが嫌だった。
彼女たちが来る前に、支度を済ませたかった。
【ヒヨコルック】に着替えたすずは、ロッカールームに据え付けられた大型テーブルに自前の立て掛けミラーを置き、制帽を被る為に髪を高い位置でお団子に結った。
次にマスカラをもう一度、たっぷりと付ける。
最後の仕上げに制帽を被り、両サイドをピンで留め、固定させた。
(…あ、喉が痛いかも)
のど飴を口に放り込む。
そして、携帯や小物を入れたミニバッグを持ち、ラウンジに向かった。
「すずちゃん!今日からよろしくね」
恵の後釜としてサブ・リーダーに選ばれた32歳の主婦・沢田が笑顔を見せる。
「こちらこそ、よろしくです!
沢田さん、前からフルタイムで働きたいって言ってたから良かったね〜」
「そうなのよ。サブになれるなんて嬉しくって!」
朝礼で理香がこの人事を皆に告げた時、自分がサブ・リーダーになると思っていた史歩の顔色がさっと変わるのを、すずは見逃さなかった。
すずを敵に回してからは、史歩の周りには人がいなくなった。
シフトに入れなくなり、この頃は週に二日入る程度だ。
コンパニオンはたくさんいる。
史歩の代わりはいくらでもいた。
そんな史歩を見て、すずは溜飲の下がる思いだった。
沢田はPTAの役員も進んで引き受けるしっかり者だ。
彼女がサブ・リーダーに選ばれるのは、当然のことだ。