すずらんとナイフ
通訳をする勇希は、普段すずと一緒にいる勇希とは少し違う。
手振りが多く表情がよく動く。
すずは、近くにいた矢崎に言った。
「あの通訳の人に飲み物いかがですか?って聞いてきて」
「あ、はい!」
矢崎は素直に答え、勇希のもとに行く。
(多分、勇希はアイスコーヒーを
オーダーするよね…)
すずは、アイスペールから氷を取り出し、2個ほどグラスに入れた。
「あの痩せてる方の人に、この人通訳だから何もいらないって言われちゃいました」
戻ってきた矢崎は、首をすくめた。
通訳に徹しろ、ということなのだろう。
(自分たちはビールまで飲んでいるのに、アイスコーヒーくらい、いいじゃない…)
すずはムッとしながら思った。
午後2時過ぎ。
ラウンジにはまだ客が何組か残っていたけれど、ピークは完全に去った。
すずが声をかける。
「じゃあ、沢田さん、もう来場者はいないし、昼休憩に入りましょ!」
「そうね。お腹空いちゃったわ」
ラウンジを振り返ると勇希たちのテーブルは、食事の後、コーヒーをオーダーし、寛いでいた。
勇希は水だけしか飲まずに、まだ通訳をやっていた。
(意地悪な課長だな。頑張ってね…
ごめんね、お昼ご飯、先に食べちゃうね…)
沢田には一足先に社員食堂に行ってて貰い、すずはラウンジの化粧室に入った。
鏡の前に立ち、髪のほつれを直す。
「んっ…」
ふと、喉の奥に違和感を覚えた。
忙しいコアタイムを過ぎ、気が緩んだせいか猛烈に気管が痒くなり、咳が止まらなくなってしまった。