すずらんとナイフ


月曜日。

ゴールデンウイークに入り、もう曜日は関係なくなった。今日もラウンジは嵐のような忙しさだった。


このところ、渡辺も毎日ラウンジにきて、給仕を手伝っていた。


少しずつ、渡辺はもとの渡辺に戻りつつあった。


「オーダーを取ったあとは必ず一礼をして。こうね」


渡辺は厨房で新米コンパニオンの一人に言い、実践してみせる。


(渡辺さんが史歩と…)

すずは、激しく幻滅していた。

渡辺を見るたびにあの光景を思い出した。

すずがカウンターでコーヒーを入れていると、渡辺がすずを見ていた。

一瞬、目が合いそうになったが、すずはすっと視線を背ける。
今は声すらも聞きたくなかった。



すずと沢田以外のコンパニオンたちが
午後4時であがった。


賑やかだったラウンジが急に静かになり、入れ替わるように理香がラウンジにやってきた。
ラウンジ用のパンツスーツではなく、
紺色ツーピースの会社の制服を着ている。

理香は、青ざめていた。


それでも、すずと目が合うとニッと口元を引き上げて笑顔を見せる。


「お疲れ様。すずちゃん、10分くらいで良いんだけど、話せる?」


理香の声が強張っているのに、すずは気付く。


まだ理香が何もいっていないのに、嫌な予感がした。


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