すずらんとナイフ
「沢田さん、すずちゃんちょっとお借りしますね」
「はい。どうぞ!」
沢田は手を差し出す仕草をし、ニコッと笑った。
理香はラウンジからすずを連れ出し、空いていた小会議室に導いた。
後ろ手にドアノブを閉めると、理香は急に厳しい顔付きになった。
「あのね…すずちゃん」
ブラインドが閉まった部屋は薄暗かったが、理香は電気を付けようとしない。
「今朝、おかしなフリーメールが会社に届いたのよ」
「え!?」
ただことじゃない、と思ったすずの予感は的中した。
「営業二課の大沢勇希がラウンジの女の子に次々に声掛けて遊んでるって……
私、お昼に宮坂課長に呼ばれて事情聞かれたの。
私はもちろん、根も葉もないことで、
事実ではありませんと答えたわ。
だけど、課長は渋い顔で『私は女にだらしない奴は大嫌いでね』って言っただけ。
大沢くんは午前中、外出してたけど、さっき戻ってきたから課長に呼ばれたと思う…まずいことにならなきゃいいけど」
あまりのことに、すずは声が出なくなる。
足が震えてきた。
「すずちゃん、何か心当たりある?
大沢くんと付き合ってること、誰か他のコンパニオンに言ってないよね?」
(理香さんの目が責めている…私を)
すずはそう思った。
蒼白になりながら、首を思い切り横に振る。
「嘘か本当かっていうことよりも、こんなメールが来ること自体が問題なのよ。課長は本当に粘着質な人だから、彼、タダじゃ済まないかもしれないわ…」
理香は両手で顔を覆い、深く溜息をついた。
「…私が馬鹿だった…」
フロアリーダーとして軽率な行為してしまったことを、理香は後悔している。
ラウンジのコンパニオンの名刺を、
大沢勇希に渡してしまったことを。
すずは悲しみが込み上げ、泣きそうになった。
フリーメール……
誰が。
もしかして……
すずの頭の中に浮かんだのは、史歩の顔だった。