すずらんとナイフ


いつも、金曜日の夜に来る勇希のメールが来なかった。


すずは、不安に押しつぶされそうになり、紛らわす為に自室で缶ビールを飲んでいた。


ビールなど好きではないけれど、今は酔いたかった。

夕飯のあと、飲んだ風邪薬が効いたのか咳は出なくなった。



夜中12時を過ぎてから携帯の着信音が鳴った。


勇希からのメールだった。

すずは、恐れながらも急いでメールを開く。



[まだ、起きてる?
電話で話したいことがあるんだ。]


胸騒ぎがした。
不吉な予感がした。



ーーーそれでも、パンドラの箱は開けなければならない。




『ごめん…こんな時間に電話して』


勇希の声はとても沈んでいて、その声を聴いただけですずは泣きたくなった。


「ううん。大丈夫…どうしたの?」


勇希はしばらく沈黙した。



『…俺、来月から中国工場に赴任することになったよ。
向こうで欠員が出たんだ。
急過ぎて、実感湧かないけど…』


中国……

すずは口の中で反芻する。

体がぐらりと揺らいだ。


理香や渡辺が中国工場を『大陸』と呼んでいるのを聞いたことがあった。
社員たちの間ではそれが通称なのだと。

栃木工場よりも倍以上大きな中国工場は、本土中ほどの大変な僻地にあるらしい。

あまりの環境の差と国民性の違いに赴任した社員の中には、ノイローゼ寸前にまで追い込まれる者もいるという話だった。

すずには想像もつかない。


現地の雇用者達との意思疎通が大変な上に、納期が迫ると日本人社員は何週間も泊まり込みを余儀なくされるという。

日本より数倍過酷な労働環境なのは
間違いない。

胸が締め付けられた。




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