すずらんとナイフ



『……謝るのは俺の方だ』


勇希の言葉にすずは怯えた。


『俺はすずに何も約束出来なくなった。本当に申し訳ない…
しばらく距離を置こう…』




ーーしばらく距離を置こう。


この言葉が別れの言葉だと、27歳のすずは充分わかっていた。


どんなに泣こうが、どんな言葉を使おうがもう打つ手はない。

相手には届かない。
心は戻りはしない。
もう手遅れだ。


それでもすずは一縷の望みを賭けて、涙声で言う。


「本当にごめんね…こんなことになっちゃって。
私、ラウンジ辞める。いつか、やり直せる日が来るといいな…」


勇希はなにも言わなかった。




電話を切ったあと、ドレッサーの上に飾るすずらんのヘッドドレスがふと目に入る。

ベッドにもたれかかり、涙で頬を濡らしたすずは呟いた。


「…もう捨てちゃえ…!」


立ち上がり、それをゴミ箱に力任せに投げつけた。


「こんなもの、もういらない!」


もうなにもいらなかった。

勇希がいなければ、この世はなんの意味もない。


勇希はすずの全てだった。

先週は、映画を観に行った。

二人で手をつないで夜の街を歩いた。


先週だけではない。
土日はいつも一緒に過ごした。

毎週のように勇希に抱かれていた。



勇希はナイフを隠し持っていた。


あまりの男の豹変ぶりに、すずの心は引き裂かれた。


血の代わりに涙が噴き出すように流れ、あまりの痛みに声をあげて泣くしかなかった。




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