愛しい子
恵里佳さんに送っていくと言われたが、私は歩いて帰ることにした。
なにも考えてはいなかった。ただ、足が勝手に動いていて。
気づけば。
「……なにしてんの、亜久里」
彼氏の家の前。
「突っ立ってねえで上がれよ、茶ァ出すから」
「うん……」
ボーッとしながら彼氏の家に入る私。
彼氏の名前は永富 加治(ナガトミ カジ)、付き合って二年になる。
いや、本当は一回別れてまた付き合ったから数日くらいなんだけど。
「ほい、お茶」
「……ありがと」
「さっきからどうしたんだよ、ボーッとして。なんかあったのか」
心配そうに言う加治。
どうしよう、何て言おう。
加治とは体の関係もある。
恐らく、相手は加治で間違いない。
でも彼は何も悪くない。
恵里佳さんが言っていたが、コンドームをつけても百パーセント避妊するわけではない。
私達の場合、運が悪く。排卵日に行ってしまったからか、妊娠の確率が上がったらしい。
本当に稀なことで、運がなかったとしか言いようがない。
「……あの、ね」
ダメだ、言うな。
言わない方がいい。
彼の人生を壊すな。
「うん?」
やめて。
優しくしないで。
触れないで。
「亜久里?」
いつもなら少し乱暴で素っ気ない加治が、ここぞとばかりに優しい。
口が緩む。
言ってはいけない。
理性がそう呼び掛けるが、彼に促されるように私の口は弾んだ。
「妊娠、したかも」