音楽の女神〜ピアノソナタをあなたに
「ジェイド様、やはりこちらでしたか」
やれやれという少し困った様子で男は自分の主人である青年、オスティアの第一王子ジェイドのいる机の前で立ち止まる。
「客人には一通り挨拶は済ませた。
もうあの場にいても面倒なだけだ」
一度チラリと側近であるその男を一瞥すると、ジェイドはまた手元の書類を読み始めた。
「わかっております。
ジェイド様が社交の場をお好きでないことは」
「ルイ、何を言っている。
パーティーも仕事のうちだ。
王子としての義務はいつも果たしているつもりだが?」
「もちろん、仰る通りです」
ルイ、と呼ばれた王子の側近、ルイスは苦笑しながら頷いた。
自身の生誕の前祝いであるパーティーを、当たり前のように仕事や義務と言いきるところがジェイドらしい。
ルイスは銀色の眼鏡の奥の黒い瞳を細めながら、こんな時でも働いてばかりの主人の様子にほんの少し肩をすくめる。
「確かに、ジェイド様の評判は次期国王に相応しい完璧なお方だと、誰もが口を揃えて言っておりますね」
「…そんな話はいい。
用が無いならもう下がってくれ」