紅蓮の鬼
『君はここで待ってて』
彼はいつもと同じような口調で言う。
『……え…?』
後頭部を鈍器で殴られた時のような、胸を鋭利なもので貫かれた時のような。
そんな感覚だった。
思考が停止する。
『な…何言ってるんですか』
きっと今の私の顔はひきっつているだろう。
『私も戦いますよ?』
声が震える。
視界が滲んでいく。
なんなんだろう。
この大きな不安の塊は。
『だーめ』
ポン、と私の頭に手を置いて、微笑む。
『君が外にでたら、キズモノになりそうだから』
彼は困った時のように、目線を左に向ける。
『私も、』
『許さないよ』
懇願するも返ってくるのは、彼の冷たい声だった。
『やっと手に入れた僕の宝物だからね、君は』
にぃっと悪戯をする子供のように笑い、彼は言葉を続ける。
『それに、女の子は戦場に出るべきじゃないんだよ?』
彼は『危ないから』とつけ足す。
『手を汚すのもダメだからね』
藺草さんは、まるでたしなめるように私に言う。
『……というより、』
彼が言葉を切る。
『僕が貪欲なのは、君が一番よく知ってるよね?』
藺草さんは、にやぁと意味深な笑みを浮かべ、足を進める。
今の彼の心を支配しているのは、〝邪魔者を殺したい〟という欲。
『………、』
涙が頬を伝っていく。
――嫌だ
『行かないで…』
私の声は届かなくて。
『行かないでください!!!』
――私を置いていかないで
『藺草さん!』
やっと声が届いたのか、彼はピタリと足を止めた。
『……駄目です…』
俯いて、消えそうな声で呟く。
『淋、』
気づけば、私の目の前に藺草さんがいて。
ギュッと、彼が私を抱き締める。
彼の体温が温かい。
『君だけは失いたくない』
切ない声が聞こえる。
『家族くらい守らせてよ、淋』
彼はもう一度『家族くらい…』と、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。