いつかの君と握手
ずいと、細い指をあたしの顔に突き出す。
はいはい、指きりね。とそれに絡めようとすると、イノリはあたしの手を掴み。
ぐいと体重をかけて立ち上がったかと思うと、


ちゅう、と唇を重ねてきた。


ちゅう? きす?

頭に疑問符が大量発生したあたしから唇を離したイノリは、えへへと笑った。


「こういうの、ツバつけたっていうんだってさ」

「あ。それオレが教えた。おまえ、やるなー、祈」


状況についていけないあたしに、げらげら笑う三津の声。


「好きな女にはさっさとツバつけとけよって教えたんだー。ひひ」

「やだ、あんたそういうロクでもないこと教えたわけ?」


なるほど? あたし、小学1年生にツバつけられたわけね。
初めてのキスがこれか。

いやね、別に、ファーストキスはこんな相手とこんな雰囲気でこんな場所でぇ、なんて甘い幻想を抱いていたわけじゃないよ。

けど、どうなんだ、これ。

まてよ、これって回りまわれば……三津のせいじゃない?
いや、三津のせいだろ。間違いなく。


「やったなー、祈。これでみーちゃんはおまえのもんだぞ」

「えへへー。そうかなー」


ほのぼのと会話をしている2人を横目に、柚葉さんににこりと笑いかけた。


「……あの、柚葉さん?」

「はい? どうしたの、みーちゃん」

「三津、一回殴ってもいいすか」

「あら、一回でいいの? 何回でもいいけど」

「な!? みーちゃん、なんで!?」

「じゃあ、あとでサクッと殺っちまいますね♪」

「ひっ! 今、殺すと書いてやると読む方のやるだよね!? 
いや! みーちゃん、怖い!」


イヤイヤ、と三津が首を振ったところで、奥のほうから「うるせぇぞおおおおおお!」と熊の咆哮がした。

は、いかんいかん。
またも志津子扱いされてしまう。

しん、と声を静めて気配を窺う。
熊が洞穴から出てくる様子は、ない。

全員で音を立てないように、ため息をついた。


「つーか、あのじいさん、風間さんの何だろうな?」

「風間さん、『先生』って呼んでたよね」

「ここは加賀父の地元ですよね。高校とかの先生なんじゃないですかね」

「なるほどー。で、何で先生と夜中まで酒飲んでんだ?」

「家が近いし、親しいんじゃない? 奥さんも亡くなったっていうし、寂しいのよ、きっと」

「あー、そうかもな。つーか、オレたち、先生の家で寛いでていいのか?」


いや、寛いでんのはあんただけだろ。
柿ピー、ほとんどなくなりかけてんぞ。

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