いつかの君と握手
加賀父はそれができていた。
もうそれでいいじゃないか。


だから、素敵な金吾様像を私生活暴露で壊すんじゃねえ。


むう、と唇を引き結んで加賀父を睨んだ。
唖然とした様子であたしを見返していた加賀父だったが、ぷ、と噴出した。
あはは、と声をあげて笑う。


「はは、美弥緒ちゃんって、気持ちのいい性格してるなー」

「あ、れ? 失礼な言い方したのに、怒らないんですか」


不快な思いをさせてしまったのに。
正しいことを言ったつもりではあるが、目上の人に対して失礼な物言いをしてしまったと思う。
言い方なりを考えないのは、あたしの悪い癖である。

驚いたあたしに、加賀父は首を横に振ってみせた。


「怒ったりしないさ。祈のことを真剣に考えてくれてる子を、怒る理由がない。
君にいきなり愚痴をこぼそうと俺が悪いんだしな。それに」


ひょいと肩を竦めて、にやりと笑った。


「金吾のことを言われたら、返す言葉がねえや。鳴沢様にも呆れられちまわあな」


はああぁぁぁああ!
その言い回しはまさしく金吾様!?
胸に刃を突き立てられたかのような衝撃が走った。
今ここでそれは卑怯! いや美味しいけども!

真っ赤になって、酸欠の金魚の如く口をぱくぱくさせるあたしを見て、金吾様が慌てふためいた。


「うわ! 三津に聞いてたけど、ホントに好きなんだな。ごめん、調子にのった」

「い、いえ……むしろまんぞくでふ……」


心臓ばくばくする。
不整脈? 心臓発作? どっちにしろ、死ねる。
ああ、この世に未練を残すことなく成仏できます。
いや、しないけど。


「……朝っぱらから若い女の子を口説くなんて、おまえも相変わらずだな」


くすくすと忍びやかな笑い声がして、見れば庭先に男の人が入ってきたところだった。
さらりと流れる黒髪に、銀縁の眼鏡。
背はすらりと高く、首元を緩めたカッターシャツに、手にはグレーのスーツの上着をかけている。

その人の、眼鏡の奥の綺麗な面差しに連想したのは、大澤の顔だった。
すごく似てる……。


「大澤……、来たのか」


驚いたような加賀父の呟きに、やはりと思う。
イノリの本当の父ちゃんだ。


「おまえの家に行ったら、節ばあにこっちだって言われてね。昨日も思ったが、あのばあさん、だいぶ耳が遠くなったな」

「ああ。でも相変わらず口やかましいけどな」

「だろうね。たまには帰ってこいって説教された。祈はどうしてる?」

「疲れたんだろ。ぐっすり寝てる」

「そうか」


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