いつかの君と握手
「肝臓を少し悪くしたんだけど、それを末期の肝臓ガンだと思い込んでしまってるんだ。
お陰で昨日から大荒れの酒浸りってわけ」


おっと。妄想上の天国に行ってしまってた。
ふむふむ。なるほどー。
自分の命があと僅かだと思って、凹んでるわけね。


「実際はガンではないんですよね?」

「うん。アルコール性脂肪肝。これもよくはないけど、今すぐ命を左右するほどのことじゃない。
なのに勝手にガンだガンだと騒いでさ、困ったもんだよ」


目の前のじいさんは、背を丸めて小さくなっている。


「嫌だのう。まだ孫の顔も見てないというのに……」


ぽつんと呟く様に、加賀父がどうしようもない、という風に首を振った。
昨日からこのじいさんの思い込みに手を焼いているらしい。


「あのう」


おずおずとじいさんに声をかけた。


「何かね、志津子風のお嬢さん」


志津子風って。どんな呼び方だ、おい。
まあいい。


「ガンじゃないですよ、あなたは」

「ふん、一心と同じ嘘をついてからに。自分の体のことくらい分かるわい。
わしは多分、今年いっぱいも生きれんじゃろ」


自分の体のこと、全然分かってねーじゃん。


「またそれか……」


力なく笑うじいさんに、加賀父がため息をこぼした。
その疲れが滲んだ蠱惑的な横顔から、じいさんに視線を移した。

ふむ。


「あのう、断言しますけど、9年後の7月までは絶対に元気でいられますよ」

「は?」


あたしの言葉に、じいさんが顔を上げた。
加賀父の顔が、は、とする。


「9年後も元気でいられますよ。これは絶対。あたし、知ってますもん」


大澤は、『織部のじいさんが会いたがってる』って言ってた。
ということは、じいさんは健在だってことだもんね。


「なにをそんな」

「いや、本当ですよ。先生」


加賀父が強く言った。


「この子は未来から……いやえーと、未来が見えるんですよ」

「は?」


うあー。そりゃないわ。
多分じいさんにタイムスリップのことを言っても、信じてもらえないだろうからそう言ったんだろうけど、
そっちも充分怪しいって。


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