いつかの君と握手
「はい。俺も、美弥緒ちゃんが言うまで忘れていたことですが。
東谷さんがバイクを、なんて知ってるファンはいないと思いますよ。先生だって、知らなかったでしょう?」

「う……む」


じいさんが考え込むように俯いた。
しかしすぐにあたしに戸惑った視線を寄越す。


「ほんと、かの?」

「本当ですよ。9年後も死ねないくらい元気です」


断言する。
じいさんは何かを言いかけ、口を噤みを何度も繰り返し、しかし最後に大きなため息を一つついた。


「不思議なこともあるもんだの。志津子によう似た娘に、命があると教えてもらえるなどの」

「信じてくれました?」


じいさんは無精ひげの生えた顎をつるりと撫で、ようやく笑顔をみせた。


「あんたさんが志津子に似てなかったら、わからんかったがの。
信じるとしよう。いや、命が長いなどと嬉しいことを言われたら、ぜひとも信じたいしの」

「結局は女性のいうことを聞くんだから。俺が丸一日話しても納得してくれなかったくせに」


少し不服そうに加賀父が言い、しかしあたしの耳元に口を寄せると


「ありがとう。お陰で助かったよ」


と蕩けそうな優しいお言葉をくれた。


「とにかく味噌汁を飲もうかの。冷めてはもったいない」


打って変わって明るい顔つきになったじいさんは、木椀に手を伸ばした。
美味しそうにずず、と啜って、一息。

それから器の中身を全て飲み干して、そういえば、と思い出したように言った。


「あんたさんは一体どうしてここにいるんかいの」


気付くの遅っ!

加賀父が苦笑しながら、昨夜の顛末を語って聞かせた。
あたしがじいさんの腹にこぶしをぶち込んだのは、上手くごまかしてくれた。
本当にすんません。



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