いつかの君と握手
朝風呂ってなんでこんなにも気持ちいいんだろう。

あれから加賀父に勧められるままに、お風呂場に直行した。
昨日は随分汗をかいたから、肌がべたべたして気持ち悪かったんだよね。

じいさんのこだわりだという、でっかい檜風呂にざぶんと浸かり、鼻歌。

あ。もちろん、鳴沢様のテーマです。
お風呂のときはこれと決めてるのだ。


「ふんふふんふ、ふーん。ふふ……あ」


続けざまに人が来て、話をうやむやに終えてしまっていた。
加賀父にイノリを頼もうとしていたのに、何してるんだあたし。

むー、金吾様スマイルにやられてたからなー。くそう。

ちゃんと話をしなくちゃいけなかったのに、馬鹿だなあ、あたし。


いや、でもしかし、なあ。
これ以上何も言わないほうがいいのかなあ。

加賀父が、イノリのことを大事に思ってるのはわかる。
で、大澤父も、不器用そうだったけど、イノリを同じように大事に思っているのもわかった。
そんな2人の父親が話し合って決めていることに、急に現れたあたしが異議を唱えていいものなのかどうか。
んー、でも。


「むずがびい(難しい)……」


お湯に顔まで浸かり、呟く。
どうもあたしはイノリの気持ちのほうを重要視してしまう傾向にある。
どっちかっていうとあたしも子どもだし、イノリの気持ちに同調しやすいのかもしれん。
なのでどうしても、父たちの意向などよりも、イノリの思いを優先してもらいたいと思ってしまうのだ。

もちろん、人生経験の浅いあたしより、大人の父たちのほうが思慮深いはずで、イノリのことを色々考えた末でのことなのだろうとは、思うのだ。
むう、さてはてどうしたものか。

と、脱衣所に人の気配がした。


「みーちゃん? アタシも一緒に入ってもいいー?」


柚葉さんの声。
おっと、考え事はあとにしようかな。


「いいっすよー。めちゃくちゃ気持ちいいっすよ」

「じゃ、入りまーす」


タオルで隠すことなく、巨乳を惜しげもなくさらして柚葉さん登場。
おー、迫力。つーか、やっぱスタイルいいっすね。


「昨日お風呂入らないまま寝ちゃってさー。うわ、純和風風呂―」

「いいっしょ。そこの洗面器も檜ですよ」


洗面器の裏には、織部という焼印入りだった。
じいさんはお風呂が何より好きなのらしい。

椅子に腰掛けた柚葉さんが、勢いよくお湯をかぶり、
長い髪を丁寧に洗い始めた。
手つきが美容師っぽいと言ったら、何それと笑われた。


「そういえば祈くん、まだ寝てたわよー。あと、ヒジリも」


頭の泡を順調に増やしながら柚葉さんが言った。


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