いつかの君と握手
「そうそう、劇団ってどこも貧乏なんだよ。資金繰りが大変でねー。
夢を壊して悪いんだけど、金吾役もギャラ欲しさが大きかったんだよ。
あの時アパートの家賃を滞納しててさー、追い出される寸前でね。まあ、お陰で無事支払えたんだけどね」

「は、あ」


本当に夢にヒビが入りました。
うう、あの金吾様の裏には滞納家賃があったのか。


「でも、それが理由じゃないんだな。劇団は俺よりも優秀な人に託したことだし、普通に働けば祈一人くらい育てていけるだろう。
元々さやかが病気になる少し前から、会社勤めをするつもりでいたんだ。
いつまでも夢を追ってはいけないしね」

「え、そうなんですか」

「ああ。祈が小学校に入学したのを機に、きちんとしようとね。まあ、そう決めるのが遅くて、さやかには死ぬまで苦労をさせたわけだけど」


少しだけ寂しそうに笑った。


「じゃ、じゃあ何が理由なんですか?」


金銭面で大丈夫なのだというなら、問題はなさそうなもんなのに。


「祈に、自分の本当の父親と向き合ってもらいたかったんだ」

「え?」




「大澤という男は、本当によくできたいい男なんだ。本来なら、祈はあいつの背中を見て育つことができた。
祈は俺のことをいい父親だと言って慕ってくれる。それはすごく有難い。
でも、本当の父親がもっと尊敬できる人間だということを知らない。

それはすごくもったいないことだと思わないかい?」


話を聞いているわけではないだろう、イノリがへらりと笑った。
その笑顔に加賀父が微笑む。


「祈にたくさんのことを教えてやれる父親がいるんだ。
一緒にいさせてやりたい。多くのことを学んでもらいたいんだよ」


ああ。いいな。
イノリ、あんたってすごく幸せな子かもしんないよ。
父親2人は、あんたをいい男にするために、すんごく考えてくれてるよ。


「で、祈が大澤のところにいるその間に、俺も少しでも自慢に思ってもらえるような父ちゃんになっていたい。
てなわけで、ここに帰ってきたんだけどね」

「……え、と。と言いますと?」


感動しやすいあたしは喉元にこみ上げてくるものをこらえており。
それをどうにか飲み込んで訊いた。


「いや、俺さー、寺の息子のくせに、修行を一切してないんだよね。本当はきちんと修行にいかないといけないんだけど、逃げ出しちゃってさー」


あはは、とさっきとは打って変わって軽い調子で言われた。
この切り替えのよさ、ついていけないんですけどー。


「高校卒業後に別の寺に修行にでる予定だったんだけど、あの時は自分がこんな田舎で一生生きていかなくちゃいけないことが我慢ならなくてさ。
修行に行くふりして逃げたわけ。
で、たまたま知り合った人に演技の道を進められて、あの街で生活していた、と」


ふうん、やっぱりお坊様になるには修行なんてするんだ。
どんなことするんだろ。
滝に打たれたり? はたまた炎の中をくぐったり?
山の中で荒行……は山伏だっけ?

うーん、わかんね。

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