いつかの君と握手
「こっちも行きましょう」

「ああ」


走りだした加賀父についていく。

イノリ、どこにいるの?
こんな心配させるような真似したらだめだよ。


「俺たちが勝手、なのかな」


走りながら独りごちた加賀父の声を、拾ってしまう。
何も言えず、背中を追った。



「――イノリー!? イノリどこぉ!?」

「祈! 祈-っ!」


もう日が暮れてしまう。
薄闇が、空全体を塗り替えようとしている。

あれから寺周辺を駆けまわり、声をあげて探し回るけど、イノリは見つからないままだった。
加賀父が近隣の人たちにもお願いして一緒に探してもらっているのに、姿が見えないのだ。


「困ったわね……。どこにいるんだろう」

「あ、柚葉さん。三津はどうでした?」


息をきらした柚葉さんが、ケータイを手にしていたので訊く。
残念そうに首を横に振られた。


「ダメ、いないって。今、織部のじいさんと一緒にこっち向かってる」


そっか……。


額を流れる汗を拭って、空を仰いだ。
イノリはここに来たのは初めてで、土地勘がない。
入り組んだ場所には行ってないと思うんだけど……。


「あ」

「あ? なに、みーちゃん」

「蛍、昨日どこで見ましたっけ?」

「蛍ぅ? ええと、向こう……ちょ、みーちゃん!?」

「探してきます!」


みんなで季節ズレした蛍を見た場所。
ここに来て、記憶に残っている場所といえば、そこしかない。
イノリはそこにいるかもしれない。


イノリを探す幾人もの声を聞きながら、必死に走った。
おおよその位置しか覚えてないけど、確か……。

見覚えのある巨木があった。蛍2匹が柔らかな光の線を描きながら消えていったのは、この木の向こうだったような気がする。


「イノリー! 出ておいでー! もう夜になるよ!」


木陰から奥に向かって声を荒げてみる。
鬱蒼とした木々の重なりの奥は既に夜に支配されていて、真っ暗闇だった。

足元を見れば、完全な獣道。
草があたしの膝丈ほどの高さに成長している。
うあ、マムシとかごろごろいそうな感じだなー。
つーか、いるだろ、これ。

ん。草を踏み分けたような跡?
くしゃりと折れた葉が横に伸びている。

イノリ、もしかしてここに入っていった?


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